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Jast a Traveler

心が支持するなら

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さっきまで昔のブログを読んでいました。

今は公開していないけれど、もう15年以上前からブログを書き続けています。
 
始めたきっかけは、社会からドロップアウトしたこと、うつ状態と診断されて休職して退職して、もぬけの殻のようになっていた頃、新聞で70歳位の女性がブログで日記を書いているという記事を読んだからでした。
 
当時はまだブログは社会にあまり浸透していませんでした。
新聞記事を読んだ後、ブログって何だろう?と検索していたら、たまたま新しくブログサービスを始めた会社があったから、一番乗り〜とばかりに始めたのが最初でした。
 
しばらくして2つ目のブログを始め、そっちは収益を得る目的だったのでなんか堅苦しいことばっかり書くようになりました。なんか自分の言葉じゃないような、面白くない文面で。
 
そうしたものを書くようになって、表現力が急激に落ちたと実感するようになり、自分の感受性が取り戻せなくてむずがゆくなりました。
 
そういうピュアな感覚、身体が感じる言葉にならないもどかしさなんかを、何とかどうにか捻り出していけないものかなあと、少し書いてみたりするんだけど、多分数百記事書いたって取り戻せるものではないのかも知れない。
 
あの時書いた文章というのは、もう同じ私のものではないんだ。
15年以上前の私は、私ではあるんだけどもう別人。
 
経験とか年齢とか、そんなので感受性が変わったのかな。でもそうとばかりは言えない。というのも薬の力が私の脳に絶大に影響を及ぼしてるから。これは事実。
 
見た目は私なんだけど、もう私の人格は変わってしまったんだな。
 
脳は進化するとか衰えないとかいろんな本が出ているけど、私は薬を一生飲まないといけないことになってるんだもの。
 
ドーパミンとかセロトニンとか、なんとかかんとかがコントロールされちゃってるんだもの。
 
でも薬を飲まないと自分にまた別の人格だか性格が現れちゃうから、そうなるとものすごく苦しくなるから仕方ないんだよ。
 
それでも懐かしい感覚とか少し思い出せてきたと思う、15年以上前に始めた昔のブログを読んだから。
 
日記を書いていて正解だ。
私の過去の人生、忘れてることが実に多い。あの時あんな風だったのは覚えてるんだけど、その時の心の情景が思っていたのとちょっと違った記事も確かにあった。
 
と、書きながら文体が敬体から常体に変化してるのには気づいているんだけど、もう変えられない。だって決まった通りには収めたくないって今のわたしの心が言っていて指が勝手に動くんだから仕方ない。
 
昔の感覚に戻ることはもう困難だろうとは思うけど、今残っている自分の感受性をこれからは少しでも減らさないように努力してみよう。
そういうことならできるかも知れない。
 
日本語が変だって自分の心が支持するならそのままでいい。誰かに認められたくて書いている訳ではないんだし、そもそも匿名のブログだ。