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Jast a Traveler

繋がらない電話と繋がるいのち

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去年の目標は「社会と接点を持つ」だったから、カウンセリング受けたりデイケアに通ってみたりして、いろんな人たちと繋がったはずだし、身近に話せる人が全然いない訳ではなかった。なのに数週間前の私は身体中に漂っている孤独感をすっかりコントロール出来なくなっていた。
 
誰といてもどこにいても何をしていても落ち着かない。身体中をぐるっと孤独感に縛られて、気分転換に外を歩いても頭の中はまったく身動きが取れない。
 
心はパニックで叫びたいほどなのに、外見はしらっとスマホをいじっているのが自分でも嘘みたいで、どうやら身体の中の自分はこの世には存在していないようだと気付いた。
 
だから自分を知っている人に
「孤独感に苦しめられて困ってるんです」
なんて言ったとしても、まったくそんな風には見えないものだから相手も困ってしまう。そんな風に感じた。
 
しらっとスマホをいじってみたり、テレビ見て笑ったりふざけたり、家事もやらず呑気にゴロゴロしている。それが実際にハタから見た私の姿だったし、とても人生に困ったいる、それ以上にいなくなってしまいたい、消えてしまいたい衝動を抱えてるなんてとても言えない。
 
「ダメだ、身近な人じゃかえって分かってもらえない」
 
以前デイケアのナカムラさんに、何かあった時の相談先をいくつか教えてもらっていた。
 
今私が困っているのは「いなくなってしまいたい」ことに関してだったから、まずそのことをきちんと伝えてみよう。
 
精神保健福祉センターに電話した。
前に転院の相談をした事がある、聞いたことのある声だった。確かとってもいい人だったな。
 
「いなくなってしまいたくて、家を出ようかと(......しくしく)」
「でも働いていないなら一人暮らしは出来ないわよね、短期間だけ入所できる施設があるから電話番号教えますね」
 
言われたところに電話した。
「先ほど相談した人に電話するように言われて......」
「はい、それにはまず見学に来ていただいてですね、主治医の意見書も書いてもらってですね、それから......」
 
ああ、なんか違う。
私が本当にしたいことは、求めていることは、どうやらいなくなる為の次の場所を探している訳ではなさそうだ。
 
「いろいろありがとうございます。またお電話します」
 
電話を切ったあと、デイケアのナカムラさんに聞いた「いのちの電話」にかけてみた。
 
繋がらない。なかなか繋がらないってことはデイケアのナカムラさんも言っていたから仕方ないなと思った。苦しんでいる人はたくさんいるんだな、みんなは私の仲間なんだな。
 
だけど調べてみると「いのちの電話」にもいろいろ種類があるというか、支部みたいなのもあって、かけられる電話番号は他にもあったから見つけた分だけかけてみた。
 
ぐるっと2周分かけてみたけどやっぱり繋がらなかった。だから次の日にもう一回かけてみた。いのち系の他にも相談先があったのでそこにもかけてみた。なんか変な相談エネルギーみたいなのが湧いていた。誰かに話したい欲求がむくむく湧き上がってきた。
 
次の日の午後、また昨日のようにいろんな連絡先を2周分くらいかけたところで
 
プルルルルルルルルーー
「はい、いのちの電話です」(だったかな?)
少し年配の女性の声がした。
 
「うわっ!」となって背筋を伸ばした。人に自分のことをあまり話した事がなかったから、演劇の本番みたいな感覚になって身体が震えた。
 
「身体の調子が悪くて家のことが全然出来なくて、家族に申しわけがなくて、だからもういなくなってしまおうと思うんです」
そんな感じのことを話した。
 
「大丈夫よ、あなたのご主人はとってもいい人だと思うわ。じゃなきゃ一緒にいないでしょう?あなたは愛されてるのよ。何か手伝ってくれたら『ありがとう』って言ってあげればいいの。ほら、もうすぐ春になっていろんな花が咲き出すでしょ?そしたら気持ちもきっと楽になるわ」
 
涙が溢れて自分からはほとんど話しが出来なかった。だから品の良い優しい声のその女性が「春」のように思えた。春のタンポポのような黄色い柔らかいイメージが耳から身体に染み込んでいった。
 
抱えていた問題は解決しなかった。なんとなくモヤモヤした気持ちもどこかにあった。けど身体の力が楽になった気がした。何も解決はしていないんだけど、ホッとした心地だった。
 
まずは力を抜く作業が必要だったんだな、問題はそれからじゃないと具体的に解決出来ないものなんだろう。おそらくそうだ。
 
話しただけで楽になることは知っていたけど、話せる人がいないから問題が大きくややこしくなってしまうんだ。
 
いのちの電話はいのちをどう繋ぎ止めるか、というところなんだろう。何を解決してくれるのかなと、かける前に考えていた。
 
電話が繋がらないのもよく分かる。電話に繋がった大抵の人は、話すだけでいのちを繋げるんだ。そのことを身体のどこかが感じているから、最後の瀬戸際に誰かに話しておきたくて、自分の生きていた証拠を残しておきたくて繋がろうとするのだけれど、結果的にいのちも繋がってしまうという仕組みなんだな。
 
と勝手に結論づけた。
 
身体の力が少し抜けて、それで私はいなくなることはなくなり、今までと同じようにスマホをいじったり何も知らない家族とくだらない話をしたり、この大きな気分の変化は悟られることなく、でも病院にちゃんと通って、( *)のいうこともちゃんと聞いて薬を飲んで、どうにかやり過ごしている。
 
身体の状況は相変わらずで、でも身体に縛りついた孤独の縄は少し緩んだ。これからどうなっていくのか分からないけど、取りあえず春だ。私と同じように首が下がった、庭の隅っこに住むビオラに水をあげてこよう。
 
*神(新しい主治医のあだ名。気分次第であだ名は変わるかも知れません)