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Jast a Traveler

アッパーくらうのと、置いてきぼりにされるのと

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久しぶりにアッパーくらいました。

 

20代の頃に仕事ですごくお世話になった人です。

 

新人でまだ仕事が全然出来なかった頃、根気強く育ててくれた親世代に近い先輩の一人でした。

 

私が引っ越した後もずっと連絡を欠かさないでいてくれて、時々思い出したように電話や年賀状をいただいていました。

 

昨日は私の方から電話をかけたのですが、仕事の話になると突然会話がガラリと変わり、

 

「ナースの仕事を続けなさい、女は堅い仕事をしなきゃダメだ、派遣なんかだめ、採血だけの仕事なんてだめ、きちんとした病院で働け、大学病院より民間病院で現場で働け、ミニドクターなんかになるな、逃げるな勇気を出せ、みんな頑張ってる、誰だってみんな大変なんだ、横道にそれるな....」

 

1時間みっちり絞られました。イライラしてるようにも感じました。

 

「そっか、うん、頑張る、やる気出てきた、言ってくれてありがとう!」

 

前向きな言葉を使わないと許してもらえないような勢いだったので、半泣きで答え続けました。兎跳びと千本ノックです。

 

 

ちょっと鬱っぽいとか、体の調子が悪いくらいしか話したことがなかったので、心が弱い人に映っているのは当然です。

 

元気付けようとしてくれてるのもよく分かっているので、古い付き合いで信頼関係があるから、こんなことで人間関係が崩れることは全くないのだけれど、でも電話を切って夕方くらいから、じわじわと苦い言葉が身体中に染み込んでくるのが分かりました。

 

私も鬱で体が思うようにならない人に遭遇しても、相手の気持ちに疎いところがあるので、元気付けるつもりがかえって苦しめていたことが、もしかしたらあったかも知れません。

 

だけどやっぱり人の気持ちはその人にしか分からないものだから、時に傷つけたり傷つけられたりするのは仕方ないように感じます。

 

私にとって問題なのは、困っていることをきちんと人に伝えられない、ということです。言ったところで理解のしようがないもの。みんな自分の経験したことのない、知らないことを聞かされれば、自分の知識の中で解決して安心したがるのも分かってる。

 

分からないことを聞かされても分かっているふりをして、分からないなりの意見を言う。弱みを見せたくないのが大人の本音なんだと思います。

 

物心ついた時から自分の弱みを人に見せないで隠して生きていて、それは動物の本能と同じ論理です。例えば猫はなくなる数日前には姿を消しますし、野生動物も体が弱っていることを隠さなければ、他の動物に仕留められてしまいます。

 

世の中に、私の周りの小さな世界に順応するためには、自分と180度違う環境や習慣に合わせなければ、生きていけませんでした。そんな中で自分の傷を見せられる安全な大人が、子供の頃も大人になった今もいないんだから仕方ないです。

 

隠さなければ友達どころか知り合いにすらなってもらえない。具合が悪いと言えば誰も遠慮して遊んでくれなくなる。暗い顔をすれば離れて行ってしまう。

 

傷つくことも感じないように生きているので、感覚が麻痺しているのだけれど、最近は少しづつ人に打ち明けていこうと努力するようになったので、その分だけダメージをくらう率が上がってるんだと思います。

 

とは言えこの年になっても自分のことをきちんと説明できないのは大問題です。

 

PTSDを抱えている人は、自分に起こった忌まわしい出来事を封印して暮らしている、または何も感じないように忘れているかのように暮らしているので、実際に話す機会があっても話し方が分からないといいます。

 

私はせめて今の自分の状況を簡潔にまとめて話せるようになりたいのと、話すことに後ろめたさを感じないようになりたいと思いながら暮らしています。でもそれは想像以上に大変で、年齢が上がれば上がるほど、自己責任論に打ち負かされる率が上がり、そのことがまた話すことをためらう要因になってしまっています。

 

そんな感じなので、昨日のように久しぶりに食らったアッパーも、諦めの笑みの中にそっと閉じ込めて、でも閉じ込めきれないから、こんな風にブログを更新しているわけです。

 

昨日は辛いことばかりではありませんでした。とても嬉しいこともありました。

 

ずっと連絡をとっていなかった、昔働いていた病院の師長さんの声が聞けたことです。

 

「忘れないでいてくれてありがとう」

 

なんて言われて。感極まって泣いてしまいました。

 

忘れるわけないじゃん。私の方こそ忘れないでいてくれて嬉しかった。

 

一緒に働いていた頃、よく師長さんの家に遊びに行きました。どこにも帰る場所がなかった私の、まるで実家みたいな居心地の良い場所でした。

 

「畑からきゅうり取ってきて」と言われて、「はーい!」と返事して。

 

野菜を収穫する経験もしました。お昼ご飯を作るお手伝いをしたり、手作りのケーキを焼いて持って行ったり。

 

遠い昔の出来事です。躁うつ病だとか複雑性PTSDなんて言葉も、ほとんど聞かない時代のことです。

 

懐かしい街とお別れしてかなりの時間が経ちました。

 

先に話した先輩ナースと過ごした病棟の他の仲間は、その後も毎年みんなで集まっているそうです。

 

私も在職中、一緒にディズニーランドやプールに行ったり、毎週のように遊びに連れて行ってもらっていました。あの頃も仕事はしんどかったし、体の調子は悪かったけれど、それを内緒にしてたから、遊んでもらえたような気さえします。

 

でももう今は我慢の限界を超えてしまい、身体中に症状が出て息をするのも苦しい毎日です。それを伝えたらどうなるんだろう。嫌われはしないとしても、多分誰もが遠慮してそーっとして置いてくれるでしょう。そしてきっと遠い場所に置いてきぼりにされるでしょう。

 

アッパーくらうのとどっちが辛いか、あなたならどうですか?